2TOP経営で目指す世界とは
2TOP経営で目指す世界とは

2TOP経営で目指す世界とは

トヨコーは、豊澤一晃と茂見憲治郎の両社長が全く同じ権限をもつ「2TOP 経営」という経営手法をとっています。

今回は、豊澤と茂見の対談でトヨコーの歴史を振り返りつつ、二人の社長が見ているビジョンをお伝えします。

目次) 1. 創業時から変わらない「自らのパイを焼く」 2. “3K”と敬遠される業界を変えたい 3. SOSEIの収益性の高さは「責任施工」にあり 4. ルーツをたどることでCoolLaserを着想 5. 茂見との出会いが「世界を目指す」きっかけに 6. 縁、将来性、そして2TOP経営がトヨコーを選んだ理由 7. 今と未来、それぞれを担う2人の社長が見ている未来

創業時から変わらない「自らのパイを焼く」

一晃:トヨコーは、私で2代目になります。もともと実家が塗装業をやっておりまして、父親は次男だったのですが、バブル崩壊後の48歳の時に本家から独立したところからトヨコーがはじまりました。

茂見:そのときはどんな事業からスタートしたんですか?

一晃:当時から変わった会社でして、主として一般の塗装業のように住宅の壁を塗るような仕事はしていませんでした。

何をしていたかというと、困っていること・危険なこと・そして付加価値が高いこと、例えば特殊な樹脂を使った塗床工事なんかをやってました。

ターゲットは上場企業の工場に絞っていて、「絶対にお金をとりっぱぐれない」という父親の思いからそのような方針で仕事をとっていました。

茂見:他社がやらないものをあえてやってこられたということですね。

トヨコーには経営指針となる「5つのこだわり」というものがあって、その中の一つに「自らのパイを焼く」という考えがあります。

これは業界でパイ取り合戦、つまり競争するわけではなくて全く違う市場を自分で作ろうという考え方ですけれども、実は創業時の事業の進め方が、「自らのパイを焼く」の原点になっているのかなと思います。

“3K”と敬遠される業界を変えたい

茂見:一晃さんが戻った理由として、現場を変えたいということもあったんですよね?

一晃:はい、私はデザインの業界で仕事をしていたので、現場で汚れにまみれて大変な思いをしながら仕事をするという姿自体に抵抗があって、これを変えようと本気で思いました。

それに地方に行くと年配者の方が本当に多いんですね。監督は若いけどワーカーは年配者という現場を目の当たりにして、「これはやばいな、変えるしかない」と思いました。

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茂見:デザイナーの道に進んだのは、実家への反発もあったんですか?

一晃:その通りです。やっぱりペンキ屋って呼ばれたくないという気持ちがあって…。

茂見:そこが原点なんですね。でもやっぱり戻ってきて何とかしなきゃと、向き合ってやっていこうと。

自分が感じているのだから若い人はみんな感じるだろう、それをなんとか変えたいという想いが「3Kを3C」にという標語につながったということですね。

ちなみに、最初のロゴも一晃さんが作成されたんですよね。

一晃:はい、砂時計のイメージでロゴを作りました。砂時計は紀元前から存在していて、手を加えれば半永久的に使えるものです。これは塗り替えを行う塗装工事を彷彿させると考えています。

茂見:3K(きつい、汚い、危険)から3C(cool, clean, creative)へという標語はずっとこだわって使っていますけど、そのなかでもクリエイティブというものはロゴにも表れていたのかなと思いますね。

SOSEIの収益性の高さは「責任施工」にあり

茂見:さて、一晃さんが入社した後、しばらくしてSOSEI工法が生まれたのが2006年ですよね。どうやってSOSEI工法が生まれてきたんですか?

一晃:そのころは家族経営で父親・母親・義兄・私の4人しかいなかったんです。

いきなりSOSEI工法が生まれたのではなくて、当時珍しかった、瞬間的に固まり防水や補強の効果がある素材(今のSOSEI工法の2層目)を使って防水する仕事を、ある会社が持ってきて代理店になったんです。

数年後、顧客の担当者からこの先、工場の老朽化に伴う屋根のニーズが大量に出てくることを聞きました。

当時課題が多かった、鋼製の屋根材を被せる工法が出始めたばかりでしたが、それよりも安く、軽くて丈夫な工法ができたら全国に展開できるのではというヒントを頂き、誕生したのがSOSEI工法です。

茂見:お客さんのニーズを聞き出して新しいものを生み出すことで誕生したのがSOSEI工法だったと。おそらく当時は世の中になかったものを、着想を得ることで形にしたと思うんですけど、そこから15年経って非常に収益性の高い事業に成長していますよね。

国内だけではなくて昨年はタイにも出ていっています。これだけ長い間収益性を維持できているのはどういった理由があるんでしょうか?

一晃:正解は分からないですが…。多分、代理店を集めて広げると、手っ取り早く大きな利益になったと思います。

しかし、さあ新しい工法を作ったぞ、代理店を増やそうと思っても営業のメンバーは自分を含め2人しかいない、これ無理だなと。

そこで考えたのは、やっぱりルーツは工事屋なので、手離れは悪いアナログな方法だけど、最悪の事態になっても自分たちがやればいい、そういう風に思って責任施工でやることに決めました。

これは今も変わっていなくて、自分たちでやる。収益性の高い理由はそこにあるのかなと思います。

茂見:材料だけではなく、「責任施工」にこだわって、現場をどう納めるかというノウハウを15年磨き続けているということが強みですね。

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ルーツをたどることでCoolLaserを着想

茂見:SOSEI事業を2006年に開始して、追っかけるようにして2年後の2008年にはCoolLaser事業に着手をしたということですが。これはどういった経緯でしょうか?

一晃:これは単純で、当時SOSEI工法が売れ始めたんです。それでうれしい反面、危機感が出てきたんですね。

屋根の商売って一回やると2,30年ニーズがなくなってしまうので、自分がまだ若くて一番人生を謳歌したいときに仕事がなくなっちゃうんじゃないかという危機感に襲われました。

そこで、ルーツをたどって公共塗装の分野で何かできないかと考えました。

そして、塗装の塗り替えの中でも重要な素地調整(さび・塗膜の除去)に着目し、そこにレーザーを使えないかと着想して、光産業創成大学院大学に相談にいくと、入学して研究したほうがいいということになり、出来たのがCoolLaserです。

茂見:ちょうど、私が外部者としてトヨコーに関与し始めたころですね。

茂見との出会いが「世界を目指す」きっかけに

一晃:もともと茂見さんとの出会いは、父親が「SOSEI工法が売れ始めたから上場したい」と言い出して、参加した上場セミナーでしたね。

行動だけは早かったので、そのままコンサル契約を結んで、担当として来ていただいたのが茂見さんだったんです。

私は事業計画書すらまともに作れなかったのに、茂見さんに指導受けて中期経営計画を作るところからスタートしました。

「ゴールを設定して描くんです。考えをまとめるんです」と言われそこから始めました。

茂見:前職では、経営者の人の事業をどう作るかというコンサルをやっていて、その中で今できることを積み上げるのではなくて、将来の大きな絵を描いてその目標をどう実現するか、逆算で物事を組み立てていくことをやっていました。

これは10年経って、トヨコーの経営者になっても全く変わらないことです。

出会いがありつつ、経営の承継、お父さんから経営を引き継ぐことの波乱の幕開けがあったという時代ですね。

一晃:戦国時代のように、ベクトルは同じ方向を向いているのに、プロセスの考え方の違いで父親とぶつかっていました。

茂見さんとの出会いで、IoTの着想やグローバル展開がありました。この分野で一位になって、世界を目指す。田舎に生まれた自分は思ってもみなかった思考回路に変わっていった感じです。

世界を目指すときにそれまでの家族経営というやり方でいいのか、というように考えるようになり、結局、家族経営から脱却するという非常に痛みを伴う決断をしました。

茂見:でもこの話の最後には、お父さんも一晃さんの考えを支持されて受け止めて、経営のバトンを渡されたというストーリーがありますよね。お父さんからも「茂見さんが一緒にやるなら」とお話をいただき、経営の引継ぎを行いました。

縁、将来性、そして2TOP経営がトヨコーを選んだ理由

一晃:今、CFC(Chief Future Creator)・CRC(Chief Real Creator)という肩書で2TOP経営をやっていますが、これもクリエイティブな発想だと思っています。

経営手法が2TOPって、「うまくいかないんじゃないか」「聞いたことないな」と言われそうですが、私は世界を目指すなら茂見さんだと思って声をかけました。

茂見さんは、当時デロイトトーマツで重要なポストであったと思いますし、トヨコー以外にもお声がかかっていたと思いますが、なぜその中でトヨコーを選んでくれたんでしょうか?

茂見:3つあります。一つが、長いお付き合いがある中でお父さんとも一晃さんとも信頼関係を築いてやってきというご縁ですね。

二つ目が、事業の将来性。その時点ではまだ世に知られていない事業でしたが、SOSEIとCoolLaserともに世界を目指せる実力があると思いました。

そして、三つ目が一番大きいのですが、2TOP経営という話をいただいたこと。他にもお話はいただいていましたが、CFOやNO.2的なポジションでのお話が多かった中、一晃さんだけは最初から代表取締役として自分と同じ権限で入ってくれとお声がけいただきました。

一晃さんは今まで世の中になかったものを生み出していく才能をもっている、これを最大化してもらうために、経営の他の部分は自分がやるというイメージが沸いたので、トヨコーに決めました。

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今と未来、それぞれを担う2人の社長が見ている未来

茂見:私が参画してから2年が経ちましたが、15人だったメンバーが70人まで拡大し、多数のメディアに取り上げられ、資本業務提携を複数の企業と結び増資をするなど、トヨコーは急速に進んできました。

今年はついにタイで事業がスタートしますし、冬にはインド・ネパールから7名のエンジニアがジョインしてきます。

私たちには目指したい将来があり、そのために変えるべきことはどんどん変えて、前に進んでいくという状況です。最後に二人のビジョンをお伝えしたいと思います。まずは一晃さんから。

一晃:下地処理と塗り、これは塗装の工程そのもので、下地処理を事業化したのがCoolLaser、塗りを事業化したのがSOSEIです。

塗装とは、機能性はもちろん大切ですが、美観性も重要な位置づけなんですね。

これがこの業界で一番失われているもの、特にさびれた地方景観や機能性重視の屋外建築物塗装の流れに、”情緒的価値”を付加していくような・・・ここに挑戦していきたいと思っています。

戦後の高度成長とともに生きてきた先輩方は、新しい景観の中で育っていますが、我々やその先の世代は、特に地方の古くて老朽化した景観の中で生活していきます。

そこで、まさにパブリックアートとして塗装改革の出番だろうと行きつきました。

業界が作ってきた固定概念を払拭することにチャレンジします。

我々は景観、広い面積を担っている。ニッチながら一つの分野を作り、100万㎡近くの面積をSOSEI工法で施工してきました。

そこから、キレイな街並みに変えることができたらすごいことになるんじゃないかと思っています。

茂見:この会社であれば世界を目指せることがモチベーションの源泉です。

まず、SOSEI事業は今年からタイで事業が開始しますし、CoolLaserも世界で求められている技術なので、将来という点でいえばどんどん海外に展開していきたいと思っています。

海外展開する際に、日本人が落下傘で行き、3年くらいしたら帰ってくるような展開の手法がありますが、それでは結局その国で雇われた人はずっと雇われる人のままでその先にいくことができません。そんな状況では優秀な人材が集まるわけがないと思います。

なので、トヨコーのグローバル展開では、その国の人がその国のトヨコーを経営していき、トヨコーグループ全体でお互いに意見を出し合いながらグローバルな企業を展開していく世界をつくりたいと思っています。

それぞれの国の人が現場監督になり、作業者の人もその国で雇用された人。

そして一番現場に近い人たちや開発をしている人たちの「こういうものを作りたい」という意見から新しい事業を作り、その人が社長として事業を引っ張っていく。そんな世界を作りたいです。

そのためには、一番大事なのは「キレイに、未来へ」という軸を忘れないこと、「3Kを3Cに変える」ために我々はやっているんだということで繋がっていれば、我々の事業のフィールドでどんどん新しいものを出していけると思います。

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